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最高裁判所第三小法廷 昭和32年(オ)783号 判決 1961年10月10日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人角田俊次郎の上告理由第一点、第二点について。

原判決の確定した事実によると、昭和二六年四月頃金銭貸付を目的とする訴外新生興業株式会社が設立されていたが、右会社の監査役であつた被上告人は、代表取締役岩沢一郎及びその他の株主と協議の上昭和二七年一月頃右会社の商号を広島鋳材株式会社、目的を鋳造材料販売業等に変更し被上告人がその代表取締役に就任して右販売業等を営むことに決めた、その頃から広島鋳材株式会社名義での事業が始まり、被上告人はその代表取締役社長として活動した、本件各手形も同年四月一六日被上告人が同会社代表取締役名義で振り出したものである、その二日後である同月一八日新生興業株式会社の臨時株主総会が開催され、前記趣旨の各変更の決議を経た上、同月二四日右商号及び目的の変更並びに被上告人の代表取締役就任の各登記がなされた、上告人が本件各手形を取得したのは同年六月一日であり、満期は同年六月一五日であつた、その後昭和二八年五月一四日広島鋳材株式会社は被上告人の本件各手形行為を追認した、というのである。

右の事実関係から見ると、本件各手形上被上告人がその代理人(代表取締役)として表示されている本人である広島鋳材株式会社なる会社は、上告人の本件手形取得当時また本件手形満期当時には既に登記上右商号の会社として存在していたが、振出当時には登記上旧商号である新生興業株式会社であつたのみならず、新商号、新目的についてまだ株主総会の決議さえ経ない状態であつたのである。しかし商号変更の前後における法人格は同一なのであるから、右会社が登記上は新生興業株式会社名義で法人格を備えつつ、社会的には広島鋳材株式会社名義で、本件各手形振出前既に三ケ月余にわたつて取引活動をして来た一企業体として実在したものであることを肯定することができる。それゆえ、所論のように、振出当時広島鋳材株式会社は虚無の会社であつたということはできない。そしてこの実在する会社に対する被上告人の代表権限は振出当時には存在しなかつたのであるけれども、本人たる会社がその後に追認したのであるから、被上告人個人に振出人としてこの責任を帰することはできない。結局これらの点に関する原判示は正当であり、原判決に所論の違法はない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 河村又介 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)

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